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深川大江戸年表
深川大江戸年表11
文久11年(1828):間宮林蔵がシーボルト事件の発端に 間宮林蔵は伊能忠敬に師事し、樺太に派遣され樺太が島であることを確認しました。伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」は林蔵の測量が生かされていると云われています。その後密貿易調査の隠密活動... -
深川大江戸年表
深川大江戸年表12
天保13年(1842):七代目市川團十郎が江戸追放 七代目市川團十郎は天保改革における奢侈禁止令に違反したとして江戸を追放されます。こちらは木場二丁目公園内にある七代目市川團十郎宅跡です。四代目が木場島田町に邸宅を構えて以来、七代目團十郎... -
深川レポート
深川から目黒に移転した海福寺
海福寺 深川から移転した海福寺を見に目黒にやってきました。海福寺は寛永5年(1628)に深川の地に創建されました。万治元年(1658)に黄檗派に転じ禅宗寺院となり、明治43年に目黒に移転しました。 山門の赤い四脚門は明治の後期に上落合の泰... -
深川レポート
令和5年 清澄庭園の花菖蒲
清澄庭園の花菖蒲 東京が梅雨入りすると、清澄庭園の花菖蒲が見頃になります。梅雨明けまでジメジメしますが、清澄庭園の花菖蒲を見て気分を晴らしましょう。晴れ間を見つけてお出掛けください。 令和5年のベストショット アクセス 住所:東京都江東区清... -
深川レポート
令和5年 第63回海王祭
第63回海王祭 本日は東京海洋大学の海王祭に行ってきました。百周年記念資料館・明治丸・明治記念館公開、調査研究船等の試乗会、研究室公開、ステージ企画(各種ライブショーなど)、各種イベントで盛りだくさんでした。 令和元年度以来4年ぶりの対面... -
深川名所
黒船稲荷神社
黒船稲荷神社 こちらが黒船稲荷神社です。場所は大横川の近くで、最寄りの駅は門前仲町駅になります。絵図を見ると大横川の黒船橋の近くにあります。現在も黒船橋の近くで住宅地の中にひっそりと建っています。 四世鶴屋南北 黒船稲荷神社地内には四世鶴屋... -
深川レポート
令和5年 春の深川花手水
5月19日(金)~28日(日)まで「春の深川花手水」が行われます。富岡八幡宮や深川不動堂などで手水を花で飾り、皆様をおもてなしするイベントです。 富岡八幡宮の花手水 深川不動堂の花手水 -
深川名所
萬年橋
萬年橋 小名木川から隅田川に入る所に架かる萬年橋です。場所は大江戸線・半蔵門線清澄白河駅の近くにあります。北斎の浮世絵では亀戸天神の太鼓橋のように丸く描かれています。手前が小名木川でその先が隅田川です。 川船番所跡 橋の北側には江戸への出入... -
深川名所
霊巌寺
霊巌寺 関東十八檀林の一つ、深川白河町にある霊巌寺です。霊巌寺は浄土宗で、開祖法然は「南無阿弥陀仏」の念仏のみと説き「南無阿弥陀仏」を唱えれば、阿弥陀如来がいかなる人も救い、極楽浄土に迎えるとされています。 霊巌寺は元々霊巌島(現在の東京... -
深川名所
海福寺跡
海福寺跡 こちらが海福寺跡です。場所は都営大江戸線 門前仲町駅の近くにあります。海福寺は明治43年に目黒に移転し、現在は江東区立明治小学校が建っています。 当時の海福寺の様子です。こちらでは永代橋崩落事故で亡くなられた方の供養塔が建てられ... -
深川レポート
令和5年 富岡八幡宮の大黒社例大祭
大黒社例大祭 本日は富岡八幡宮の大黒社で例大祭が執り行われました。御祭神は大国主命(オオクニヌシノミコト)です。大国主命は因幡の白ウサギを助けたことで知られ、国土経営に努力しました。骨董市もやっていましたが、雨が降りそうなのでお店もお客も少... -
深川名所
雲光院
雲光院 阿茶局のお墓がある雲光院です。場所は大江戸線・半蔵門線清澄白河駅の近くにあります。阿茶局の法號「雲光院」がそのまま寺の名前となりました。 雲光院は浄土宗で、開祖法然は「南無阿弥陀仏」の念仏のみと説き「南無阿弥陀仏」を唱えれば、阿弥... -
深川名所
伊能忠敬住居跡
伊能忠敬住居跡 こちらが伊能忠敬住居跡です。伊能忠敬は深川黒江町に住んでいました。18歳で下総国佐原の伊能家に婿養子に入り、50歳で隠居すると高橋至時に就いて天文学を学びました。 伊能忠敬は寛政12年(1800)、富岡八幡宮を参拝した後、... -
深川名所
三十三間堂跡
三十三間堂跡 こちらが三十三間堂跡になります。場所は富岡八幡宮の近くにあります。矢が描かれていますが、ここで遠くの的を矢で射抜く「通し矢」が行われていました。 慶長末年(1615)頃、京都東山の三十三間堂で通し矢が流行しました。三十三間堂... -
深川名所
永代橋
永代橋 こちらは現在の永代橋です。江戸時代の永代橋は元禄11年(1698)に架けられ、現在の永代橋より100メートルほど上流にあり、長さは110間(約200メートル)で隅田川に架けられた最長の橋になります。 名前の由来は永代島に因んで付け... -
深川名所
油堀川
油堀川 油堀川は現在ありません。昭和50年に埋め立てられ、その上に首都高速9号深川線が建設されました。油堀川は隅田川から木場まで続いており、佐賀町や福住町の両岸に油問屋が多かったことから油堀川と名付けられました。 こちらの浮世絵を見ると、丸... -
深川レポート
令和5年 豊住公園のバラ
豊住公園のバラ園 豊住公園のバラ園が見頃になりました。豊住公園は木場公園の隣、東西線木場駅の近くにあります。こちらは「豊住ローズパティオ」というボランティア団体のバラ園です。手入れが行き届き、関係者の方が丁寧に育てていることがわかります。... -
深川名所
芭蕉庵史跡展望庭園
芭蕉庵史跡展望庭園 小名木川から隅田川に入るところに芭蕉庵史跡展望庭園があります。最寄りの駅は大江戸線・都営新宿線森下駅です。 階段を上ると松尾芭蕉が座っています。理由はわかりませんが、こちらの像は午後5時に回転します。展望庭園というだけ... -
深川レポート
令和5年 深川不動堂の深川龍神例大祭
深川龍神例大祭 本日は深川不動堂で深川龍神例大祭が行われました。仏典の龍の原型は古代インドの水神ナーガと言われ、水は草木や動物の成長に欠かせないことから、ナーガは豊穣や地上の富貴を司るとされました。 龍神太鼓 例大祭の後に下総栄太鼓の皆様に... -
深川名所
深川八幡富士
深川八幡富士 富岡八幡宮には大きな富士塚がありました。「観光高札」を見ると享保7年(1722)頃に築かれ、昭和40年頃に解体されました。 写真をよく見ると、高さは3mぐらいあるでしょうか、かなり立派な富士塚が有りました。 こちらが現在、富岡... -
深川名所
深川ゑんま堂
深川ゑんま堂 法乗院は江戸時代から「深川ゑんま堂」として人々に親しまれ、広く信仰を集めています。場所は都営大江戸線門前仲町駅の近くにあります。 深川ゑんま堂は真言宗で、開祖空海は高野山に金剛峯寺を開創。密教は秘密仏教の略で、真言を唱えて祈... -
深川名所
深川七福神めぐり
深川七福神めぐり お正月と言えば深川七福神めぐりです。深川はコンパクトにまとまっているので、1時間半から2時間程で巡ることができます。深川七福神めぐりが終わった後にちょっと休憩する場合、お店は富岡八幡宮周辺の方が多いので、深川神明宮からス... -
深川名所
干鰯場(元場)跡
干鰯場(元場)跡 こちらが江東区佐賀町1丁目の佐賀町公園にある干鰯場(元場)跡です。干鰯場は肥料である干鰯・〆粕の取引所となります。干鰯はイワシを乾燥させたもので、〆粕はイワシをゆでて搾り固めたものです。房総から運ばれた干鰯・〆粕は、木綿... -
深川名所
古石場川親水公園
古石場川親水公園 絵図を見ると、深川の海沿いに「石置場」と書かれている場所があります。現在の古石場川親水公園には「石置場」の史跡が残されています。 掲示板を見ると古石場川親水公園はかなり広い範囲となっており、「石の広場」という場所がありま... -
深川名所
木場公園
木場公園 木場公園は東西線木場駅の近くにあり、昭和44年に木材関連業者が現在の新木場へ移転したのを機に公園が整備され、平成4年6月1日の開園となります。 写真は木場公園のシンボル的な木場公園大橋です。写真のようにかなり高さがあり、春は橋の... -
深川名所
新大橋
新大橋 こちらが現在の新大橋です。江東区の新大橋と中央区の浜町を結びます。江戸時代の新大橋は元禄6年(1693)に架けられた隅田川三番目の橋になります。 隅田川に二番目に架けられた両国橋が大橋と呼ばれていたので、新大橋と名づけられました。... -
深川名所
洲崎神社
洲崎神社 東西線木場駅近くにある洲崎神社です。御祭神は市杵島比賣命(いちきしまひめのみこと)。こちらでは8月3日に例祭が行われます。 境内を進むとご本殿があります。洲崎神社は徳川綱吉の母、桂昌院の弁財天像が祀られ、その像は弘法大師空海の作... -
深川名所
清澄庭園
清澄庭園 清澄庭園は大江戸線・半蔵門線清澄白河駅の近くにあり、「築山、枯山水を鑑賞する」ことを主体にした「林泉回遊式庭園」です。 難しいことは分かりませんが、池の周りを歩くと気持ちが落ち着きます。また、年間パスポートが600円なので、いつ... -
深川名所
富岡八幡宮
富岡八幡宮 深川の八幡様と親しまれている富岡八幡宮です。御祭神は応神天皇(誉田別命)。創建は寛永4年(1627)です。源氏の氏神である八幡大神は源氏の末裔と称した徳川将軍家により手厚い保護を受けました。 ※八幡神社を全国に広めた3つの要素 ... -
深川名所
七代目市川團十郎宅跡
七代目市川團十郎宅跡 木場二丁目公園内にある七代目市川團十郎宅跡です。場所は東西線木場駅の近くにあります。四代目が木場島田町に邸宅を構えて以来、七代目團十郎まで市川家は代々居住していました。江戸時代に活躍したのは初代から八代目。七代目が最...