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浅草三十三間堂跡
こちらが矢先稲荷神社の境内にある浅草三十三間堂跡の看板です。深川には三十三間堂跡がありますが、元々は浅草にありました。
寛永19年(1642)京都三十三間堂にならい、浅草松葉町に三十三間堂ができ、元禄11年(1698)、世に「勅額火事」と呼ぶ江戸大火が起こり浅草三十三間堂は焼失しました。
なお、「勅額火事」とは寛永寺の根本中堂が落成して、東山天皇が書いた勅額が江戸に届いた日に出火したことから、そう呼ばれるようになりました。その後元禄13年(1700)に深川で再建されました。
矢先稲荷神社の天井絵
こちらが矢先稲荷神社の天井絵です。ご本殿の中は公開されています。中に入り見上げると天井絵が100枚あり、撮影もOKでした。
はっきりわかるのは「徳川家康」と「曲垣平九郎」でしょうか。曲垣平九郎は愛宕神社の石段を馬で登り、家光からお褒めの言葉を頂き、名声が天下に知れ渡りました。これが「出世の石段」の由来と云われています。
三十三間堂跡
三十三間堂跡 こちらが三十三間堂跡になります。場所は富岡八幡宮の近くにあります。矢が描かれていますが、ここで遠くの的を矢で射抜く「通し矢」が行われていました。…